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日本的な音楽を学ぶために

日本的な音楽を学ぶ為には

何をすればいいのたろう。

正直よくはわからない。

正解も無いと思う。

 

ただ勝手にしろと言われても

何をしていいかわからないだろう。

なにもわからないのに

それは日本らしいとか

それは日本らしくないとか

言われてもなんの手がかりも無い。

これはつらい。

 

何を学べば日本的になるのか

何を学ぶと日本的ではなくなるのか

日本的は学べないのか学べるのか

口伝のように受け継がなければ

いけないものなのかそうではないのか。

 

基本的に風というのは口伝が基本

になると思う。風を立証するのは

難しいし立証された風を理解するのは

効率が悪すぎる。

 

こんな風に歌うんだよ、やってみろと

これで済む。難しく考える必要なんて

無い。それで済むならネット内に

大量のサンプルがあるのだから

それを聞いて真似していけばそれで済む。

ネットは口伝的継承にはとても便利だ。

 

新しい呂律には数年間法的に保護される

かもしれないが、古い呂律にも根強い

人気がある。新しくなければいけない

というわけではないはずだ。

 

とは言ってもそれではいまいち

よく分からない。

日本の音楽は欧米の音楽用に調律

された楽器を使う。三味線もお琴も

使わない。

 

日本の音楽はこの口伝的旋律と

西洋的な伴奏を組み合わせて

発展してきたと思う。

つまり伴奏には理論が無関係では

無い事になる。

 

しかし理論を勉強し過ぎると理論的な

ピッチが重視されて口伝的旋律とは

上手く合わなくなってしまう。

 

取りあえず一番簡単な初めて学ぶ

音楽理論みたいなやつを一冊やって

それ以上は勉強しない方がいいという

のが個人的な意見だ。

ただそれで上手く行くのかは分からない。

 

初めて学ぶ音楽理論的な本に

どんな内容が書かれているのかは

分からないが、取りあえずCメジャー

スケールとAマイナースケールがあって

それぞれに機能和声が成り立ち

調性を生むという事がわかれば

それ以上は必要無いと思う。

 

ピッチが揺れるとか変わるという事は

調性はあやふやなはずだから、それとは

別にはっきりした調性があるとわかれば

それでいい。

 

つまり転調を学ぶと良くないという

意見だ。転調させる為にはもとの

調性がはっきりしていないと転調した

かどうかわからない。

 

つまり転調させるということは

ピッチはより調性を重視したものに

するしかなくなる。つまりピッチは

どんどん身動きが取れなくなる。

すると日本的なピッチの

あやふや感とは合わなくなってしまう。

つまり転調を重視するほど

口伝的旋律とは乖離して

しまうのではないかという事だ。

 

インキーという理論は存在するが

特別にインキーであることを重視する

必要は無い場合、CメジャーとAマイナー

を学べばそれ以上は口伝的旋律と

乖離する原因となる可能性が高いので

学ばなくていいのではないかという

のが個人的な考え方だ。

 

CメジャーとAマイナーくらい

勉強しなくてもなんとなく

体感的に知ってるはずだ。

だから勉強する必要もないのでは

ないかと思う。ただ伴奏を作る時には

体感的では面倒なのでちょっと勉強

しておく方が便利かもしれない。

 

だけど理論を学んでもボイシング

体感的経験的なものだと思うので

やっぱりそんな期待するほどの効果は

得られないと思う。

アコースティックギター

基本的なボイシングは決まってるから

それなりの効果はあるかもしれない。

 

つまりやってみる以上の事はないと

思う。

アコースティックギター

基本的なボイシングは決まってるから

それなりの効果はあるかもしれない。

日本の有名なソングライターは

ほとんどの人がアコギをメイン楽器に

選んでる。